第二話 【桃の色 二色】 サツキが詰所に入るとふと目につく者がいた。 さらさらと肩甲骨を覆い隠す稲穂色の髪に、真っ黒の眼帯を左目にあてていて、暑くはないのだろうか、 見たところ厚手の手袋とブーツをつけた少女が、面識のある受付嬢――鈴山と、何やら話しこんでいる。 ただいつも鈴山のところで鬼を引き渡しているので目についただけだろう。 とくに気にせずサツキはその隣の受付へと足を向ける。だけれどどうだろう、 きゅうに眼帯の少女がこちらに目を向けた。 己の物とは違う片方だけの烏羽色の瞳にしかと視線を向けられ一瞬足が止まる。 「キミがサツキくん?」 ここぞとばかりにサツキに詰め寄った少女の瞳が、満天の星空のようにきらめいていたのは気のせいだろうか。 ――いや、気のせいではない。 この目は好奇の目だ。 サツキのような瞳の色を持つ人間は、そうそうこの国にはいない。しかも一方は暗い穴。 それにくわえて身の丈ほどもある刀を担ぎ、左手は古めかしい呪布で固められているのだ。 一般人の好奇の目を受けないわけがない。サツキはこの視線には慣れっこだ。けれども嫌いなもののひとつだった。 「大丈夫だよ、私も似たようなものだもの」 少女の言葉だ。 思わずサツキは顔を上げる。今まで彼女の目から逃れようとやや俯いていたのだ。―― 彼女は今、何故だかサツキの心の声に返事をした気がした。気のせいか、偶然か? 「あ、今びっくりした?心読まれたと思った?」 眼帯の少女は笑う。サツキは一、二歩少女から離れた。なんだか気味が悪い。 「何用か。なにゆえ俺の名を知っている」 「キミも知ってるでしょ?鬼退治同士なら、私たちはお互いの情報を見ることができるのよ」 それにほら、鈴山さんもキミのことよく知ってるみたいだし。そう言って後ろの鈴山を示す。 彼女はすでに自分の仕事に入っていてこちらを見ない。 「まだ最初の問いに答えてないぞ。気持ち悪いな、俺に何用か」 「ちょっとお願いがあるの」 また少女は笑って、手袋をとる。 差し出して、眼帯の少女は笑った。 「お友達になってください」 「はあ?」 「だからお友達だよぅ、お友達! わかるでしょ?お友達!」 「いやそれはわかるけど、ていうか貴様よく初対面相手にそんなこと言えるな。誰もが一歩引くぞ」 「だって同盟組みたいんだもの! 大きなお仕事したいんだけど同盟じゃないと大きな仕事できないんだよ。 知ってるでしょ?」 「じゃあなんで俺なんだ」 「だってこの辺で腕が立つ同盟入りしてない人っていうと、なかなかいなくって」 「何がだってだ。そもそも名前も知らぬやからとそうそう簡単に同盟組んでたまるか」 一気にまくし立てて、とりあえず俺は今から鬼の始末を頼むから。と少女の脇を通り過ぎる。 少女はちょっとーひとの話きいてよーだとかなんだとか喚く。なにやら恥ずかしい女だなと思った。 すたすたすたすたすたすたすたすたすたすたすたすた。 いったん停止。降りかえる。春のような笑顔。 「ついて来るな!」 「いや!」 「いやじゃないだろついて来るな警察に通報するぞ!」 「そしたら一般人装うもの」 「うわー嫌だすごい嫌な奴だ!」 いつもの倍以上の速歩きで寺院の門をくぐり一直線に寮に向かう。 本堂前で遊ぶ同じ寮の子どもたちが口ぐちにサツキに挨拶をするが、 サツキはそれにかまうヒマもない。とにかく後ろの気配を絶ちたい振りほどきたいこの眼帯女を! 「あっ」 子どもたちが声を上げる。サツキは気づかなかった。 「サツキさん危ない!」 子どもたちの声がきれいに重なる。サツキもその声には気づいて子どもたちを振り返ろうとしたが―― 「何、寺院に女連れ込んでんのよこの女々男ォォ――!」 そんな言葉と同時にサツキの右耳のあたりにとんでもない衝撃をくらった。 サツキは言葉にならない叫びを上げながら地面スレスレに十メートルほど、 そしてヘッドスライディングを五メートルほどしてしまう。 死角からの強烈なとび蹴り。この蹴りの正体は明らかであった。 「誰が何をどこに連れ込んだんだよってぶえ砂食っちゃったじゃないか、アンズ!」 アンズと呼ばれた少女はもともと釣り上った目尻を、さらに吊り上げて青筋をこめかみに浮かばせていた。 「うるッせェ黙りなさいよこの女々男! まだ半人前にもなってないのに寺院に女の子連れ込むたあ何事よ! ああ師匠が知ったらどんなに悲しむか! 修行の身のくせに色恋ごとに身を投じようなんて」 「待て待て待て! 俺がいつ色恋ごとに身を投じたと!?」 「はあ?じゃあそこにいる女の子誰よ。つーかあんたってああいうのが好みなワケ?」 アンズは何故だか半ギレ状態で、サツキに罵詈雑言を投げつける。 サツキはとんでもない誤解が生じたことに思わず頭を抱えた。 そんな中、眼帯の少女はやはり空気を読まない笑顔でアンズに話しかける。 「あのう、サツキくんの兄弟弟子さん?だよね?」 「ええそうですけど?あんた誰?あんたサツキの何?場合によっちゃあんたを師匠の前に突き出さなきゃなんだけど」 やはり半ギレ状態なアンズの鋭い視線をモノともせず、眼帯の少女は笑顔で答えた。 「私、鬼退治の魔術師なんですけど、サツキくんと同盟組みたくてここまで付いてきました!」 と。 しばしの沈黙。 「いや……」 口を開いたのはサツキとアンズの両方だ。 「とりあえず、まず名前を……」 あらら、と言って稲穂色の少女はペロリと舌をのぞかせた。 「天草ミツリと申します! 鬼退治所属の魔術師で、得意魔術は精霊召喚型の回復魔術でーすえへ!」 「北条ヒビノマルと申します! このお寺でバツゼロなのに子だくさんの呪術師でーすえへってイタイイタイ アンズ痛いよー正座中の師匠の腿を蹴らないで! 地味に痛い!」 「だったらキモイモノマネしないでくださらないかしら。思わず蹴りたくなりますから」 師匠であるヒビノマルの前ですら怒っているアンズを見るのは珍しい。前にも一度だけ見たことがある。 たしかその時は、サツキがケガをして鈴山に寺院まで送られてきた時だったか。 どこまでもアンズの怒りの原因は自分自身であることに、サツキは少々申し訳なくなった。 ヒビノマルの私室に入る時はだいたい、個人個人でする仕事の話だ。 だから当事者でないアンズはいないはずなのだが、煎茶と茶請けを持ってきたところだったのだ。 「西江戸の詰所にいる鈴山さんが、情報提供をしてくださってサツキくんのことを知りました。 サツキくんの剣術の腕は実績を見れば一目瞭然。しかも、まだ誰とも同盟を組んでいないようだったので」 そこまで言って、ミツリはほんの少しうつむく。 「私、今までいろんなチャンスを逃しっぱなしで、もう三年間鬼退治やってるのにまだ同盟を誰とも組めなくて……。 だから今度こそは! って思ってたら迷惑かけちゃいました。ごめんなさい」 「いやいや、謝ることはないよ。ミツリさん。顔を上げてください」 ヒビノマルがミツリを諭す。 「たしかにいきなりだったけれど、僕もね、サツキは誰かと組んで戦った方がいいかなあと、思っていたところなんだ」 えっ! と少女二人の声が上がる。ミツリは喜びの声を、 そしてアンズは驚きと焦りに満ちたような声。 「じゃあ北条さん的には、私とサツキくんが同盟になることに賛成!?」 「ちょっと待ってください師匠! まだ素性も知れないような子と、組ませるワケないですよね!?」 「うん、たしかにまだ早い」 今度は二人ともため息をつく。ミツリの残念そうなものと、アンズの安堵したようなもの。 ……いやに息が合っているな。この二人。そう思ったことはサツキの胸にしまっておく。 「それにこの話の要はサツキだ。サツキがミツリさんと同盟を組む気があるかないか、それは聞いておこうじゃないか」 「えっ……俺ですか」 今まで話に入っていなかったサツキは、まさか自分に話が振れるとは思ってもいず、素っ頓狂な声を上げてしまう。 「それはそうですよね。サツキくんはまだイエスともノーとも言ってませんし」 「ま、まあ、そうね。……で?サツキ、どうなのよ?」 「どうなのよって言われても……話が急すぎて……なんとも」 「何よ! はっきりしないわね! だから女々男って呼ばれるのよ!」 「それは貴様がつけた名であろう! そうやって呼んでくるのアンズだけだっての!」 「そっ……そんなの知らないわよ!」 「無責任にも程があるだろうが」 「うるっさいわねブン殴るわよ!?」 ブン、と振り上げた拳にサツキが一瞬身を固くすると、ミツリが今までにない厳しい声で叫んだ。 「何をするのです! その横暴で独裁的な力、主の怒りに触れますよ!?」 「はあ?」 ミツリの言葉にアンズの拳が解かれる。内心ほっとしたのは、アンズの拳は蹴り以上の威力を誇るからである。 「おや、ミツリさんは基督教徒ですか?」 「きりすと?」 聞きなれない言葉にサツキとアンズの言葉が合致した。ミツリはヒビノマルの言葉にこくりとうなずく。 「まあ、基督さまの教えが元々の形となっているだけで、宗教の名としては別にあるんですけど」 そうでしたか、とヒビノマルは言い、サツキにまた視線を向ける。 「話の腰が折れてしまったけれど、どう?サツキ。二人でひとつ、仕事をやってみたら?」 それから決めたって遅くはないのだから。そう言って、ヒビノマルはミツリの方にもどうかな?と首をかしげた。 「仮同盟ってことで。ね? 一か月ほど一緒に遠征に行ってみたらどうだろう」 ヒビノマルの言葉にミツリはこくこくと上機嫌でうなずく。サツキも、仮でなら、と首を縦に振った。 その時のアンズの顔は見ていない。元より彼女の視線は強く鋭いので、 サツキは押し負けてしまいそうでよく目を逸らしている。 だから、その時の顔色を見ることができたのは、ヒビノマルだけだった。 ミツリ登場回です。08年の頃の方が筆が乗ってました。 |